お湯が肌の上うえを転がる温泉

目の前の、まさに手が届きそうな位置に松島湾が広がります――。
おのずと「松島や ああ松島や 松島や」と名句を口ずさんでしまいます。

凝灰岩による白い岩肌に、
こんもりと茂る松林から成る小さな島が
湾にいくつもいくつも浮かんでいる。
風光明媚とはこのことか。
松尾芭蕉ならずとも、どんな美辞麗句を並べたとて、
負けてしまう光景でした。

ぷ~く、ぷく。。。(お湯に浸かります)

松島湾の風景にうっとりしていたのも束の間、
身体中にお湯がからみつき、肌のうえを転がります。
「とろとろっ、とろとろっ」とです。

このお湯のとろみはアルカリ性単純温泉という泉質が由来です。
無味無臭、無色で、ミネラルがバランス良く入っている単純温泉に加え、PH(水素イオン濃度)8.6が、肌のうえを転がる理由。
アルカリ性は、皮脂や角質を洗い流す石鹸のような効果を発揮するために、「とろとろっ」と感じるのです。
ただ、洗い流しているだけですので、湯上がりには肌の保湿ケアを怠りなきよう。
特に乾燥する季節は、湯上がりにかさかさしてしまう可能性もありますからね。

その肌のうえを転がるお湯をもたらしてくれる源泉は、ひとりの熱き想いから生まれました。
「太古天泉」と名付けられた松島源泉1号は、2008年に、当時の松島温泉組合長が「松島に足りないのは温泉だ。お客様に、松島のこの絶景を眺めながら温泉に入って欲しい」と願い、すべて自己資金で1500m掘削し、ついに湧出したアルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性高温泉 湧出温度52.5)のことなのです。

現在も松島温泉の源泉を守っている松島温泉組合より
「松島の地中1000mから1500mの間は数億年前の石灰質岩類だと調査でわかりました。そのような太古から天水が浸透し、地熱で温められたものが、掘削したことで温泉として誕生しました。これを私たちは元湯とし、『太古天泉』と呼んでいます」
と教えてくれました。

だから温泉に入りながら、松島の絶景を愛でられるようになったのですね。
私は有難く、松島温泉元湯「太古天泉」を頂戴しました。

さて、私が訪ねた日は、時折、晴れ間もありましたが、ほぼ薄曇りでした。
「ここからの朝日と月光が凄いんですよ」と、スタッフの方が表情豊かに、天候が良い日の情景を説明してくださいました。
「松島の島と島の間の、海上から昇る朝日は目を開けていられないほど強烈な光なんです」
「松島湾を照らす月も神秘的で……」

気になります。
今度、松島に来る時は快晴でありますように。

そもそも松島とは、江戸時代半ばまでは霊場でした。信仰の対象とされ、人々はここで祈りを捧げていたのです。
祈りと願いに満ちた地で、朝日を浴びて、月光浴しながら、温泉に浸かることができる。

ご利益ありそうな温泉、
それが松島温泉です。

温泉エッセイスト
跡見学園女子大学兼任 講師

山崎まゆみ

日本と世界32ヶ国の温泉を取材し「日本人にとって温泉はアイデンティティーである」をテーマに執筆。著書は温泉の原風景を描いた『だから混浴はやめられない』〈新潮新書〉、ひとり旅を推奨する『ひとり温泉の愉しみ』(光文社新書)、温泉旅館の内情を綴った『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)等多数。
東京新聞、観光経済新聞、オール讀物、味の手帖で連載中。Yahoo!や文春オンライン等のWebでも多数執筆。